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河童の涙    田中誠人 作

登場人物

河田(男)  主人公 いじめを苦に河童沼に入る。そのとき、河童が乗り移って助ける。
石川(男)  学級委員で、正義感が強い。
晃 (男) 3人組のリーダー格。
卓 (男) 3人組の2番手。
謙 (男) 3人組の3番手。
良夫(男) 河童の河田と仲良くなる。流されやすい面もある。
剛志(男) 良夫と行動を共にする。
福田(男) カードマニア。家が裕福らしい。
近藤(男) 福田と気が合う。
知美(女) 学級委員で、正義感が強い。
良美(女) 知美の親友。
紀子(女) 心優しい。
真子(女) 紀子の親友。
時恵(女) 少し意地悪な面もある。
幸恵(女) 時恵と気が合う。
父河童  声のみ
母河童  声のみ
子河童  声のみ

第一幕  沼にて

幕が上がる。

沼の岸辺にスポットが当たる。

子河童 「父さん、僕はどうして沼から出ちゃいけないの?」

父河童 「それはね、人間に見つかったら大変な目にあうからだよ。」

子河童 「でも、兄さんはいつだって外に出ている。ねえ、母さん?」

母河童 「父さんはね、おまえがもう少し成長して立派な人間の姿に化けることができるまでは心配なんだよ。」

子河童 「僕だって兄さんに負けないぐらい人間に化けられると思うんだけどなぁ…」

父河童 「しーっ!誰かがきたぞ。」

    少年(河田)、上手より登場する。

子河童 「あいつ、今日も来たよ。」

母河童 「このところ毎日のように来ているわねぇ…。それもずいぶん落ち込んでいるようだわ。」

子河童 「そしていつも沼の水辺に腰をかけるんだ…、ほらっ!」

    少年、岩に腰掛けてうなだれている。小さくため息をつく。

少年  「この沼には河童がいるって聞いたんだけど、おーい、いるのかぁー?」

子河童 「おー(い)」

母河童 「バカだねこの子は!返事をするんじゃないの。」

少年  「河童はいいよね。悩みなんかないんだろうなぁ…。」

子河童 「馬鹿にすんなよ、河童だって悩んでいるんだ!」

少年  「ん?」

母河童 「静かにおし!見つかっちゃうわよ。」

少年  「河童は人間の魂を抜いてくれるんだろう?」

    少年、ゆっくりと下手へ退場する。

    ゆっくりと照明が暗くなる。

父河童 「なにか様子がおかしいぞ。」

子河童 「どんどん深みに入ってきたよ。」

母河童 「この子、死ぬ気じゃないかしら。」

子河童 「ああっ、首まで入ったよ!苦しんでる!」

父河童 「大変だ。このままでは死ぬぞ!母さん、いいね?」

子河童 「えっ、なあに?」

母河童 「父さんの許しが出たのよ。おまえがあの人間の子供に乗り移ってあの子を助けるの。」

子河童 「やったー、人間になれるんだね。」

父河童 「一度人間に乗り移ると太陽が7回沈むまでの間、そのままでいなければならない。途中で正体を知られて河童に戻ると、もう一生人間社会には出られないという掟を忘れるんじゃないぞ。」

母河童 「大丈夫、おまえならやれるよ。さあ、行っておいで。」

子河童 「はい、行ってきます!」

第二幕  教室にて

  石川、上手から登場する。

  スポットライトが当たる。

  ナレーションの間に舞台のセットと、役者の配置を完了させる。

  石川のナレーション。

石川 「僕が河田くんへのいじめに気づいたのは2ヶ月前。きっかけは本当に些細なことだったと思う。物を隠すことから始まり、みんなでばい菌扱いをしたり…。始めのころは何となくみんなおもしろ半分でからかっていたけど、河田くんが可哀相だと思い始めたときには、もう歯止めが利かなくなってしまっていた。いじめの中心にいたのは3人。その3人をクラスから追放できれば河田くんを救えると思った。でも、クラスのほとんどが一度はいじめに加わったという弱みがあるので、誰も言い出すことができないでいた。みんな、何かのきっかけが欲しかった…。」

  石川のスポットが消えると同時に、舞台全体の照明が点く。

  朝の教室のざわめきがフェードイン。

福田  「昨日店で見かけたカードなぁ、絶対に近いうちプレミアつくと思うんだ。」

近藤  「どこの店?」

福田  「ほら、駅前のカード王国。」

近藤  「へぇー、いいなぁ。」

福田  「まだあるかもしれないよ。今日の放課後一緒に行く?」

  河田の姿をした子河童(以下、河田)が上手より登場する。

  ざわめきが一瞬に消える。

  全員が振り返るが、その後はなるべく気にしないようなそぶりを見せる。

  自分の席がどこか分からないので、一つ一つの机の名前を確認しながら探してまわる。

  皆、その姿がどうしても気になる。

  ようやく「河田」の名前を見つけたが、ラベルに落書きを見つける。

河田  「バイキン…?」

  河田、荷物を机にかけて、近くの良夫と剛志に明るくあいさつをする。

河田  「おはよう。」

良夫、剛志「お、おはよう…。」

  いつもとは違う河田の様子に驚いて顔を見合わせる二人。

  河田、机上の落書きを見つけて、今度は驚いたように大きな声で、

河田  「死ね?!」

  一同が一斉に河田を見る。

 良夫と剛志はともに気の毒そうな表情を浮かべる。

  河田と目が合い、自分じゃないよという身振りをする。

良夫  「あまり気にするなよ。」

河田  「死ねって書かれて、気にするなというのかい?」

剛志  「ほら、これで消しなよ。」

  剛志が消しゴムを渡そうとしたときに、晃、卓、謙の三人組が上手から登場する。

卓   「あれぇー、河田くーん。生きていたのぉ?」

謙   「今ごろは河童沼に沈んでいるかと思ったのによぉ。」

   河田から離れる良夫と剛志。

  河田は立ち上がり、

河田  「か、河童だって?なな、なんのことかなぁ?」

  河田、自分の正体に気づかれたかと勘違いをして、ごまかそうとする。

  いつもとは違う河田の様子に三人組は戸惑うが、

卓   「お前のようなヤツはよぉ、河童と一緒に沼で生きていろよ。」

謙   「教えてやっただろう、お前は人間界ではゴミなんだからよぉ、河童にシリコダマを抜いてもらって早く自然に帰れってよ。」

知美  「ちょっと、非道すぎない?その言い方…。」

良美  「そうよ、河田くんが言い返さないからって、非道すぎる。」

  晃、「ああ?」と知美たちを威嚇する。

河田  「君たちだったのか…。河田、いや、僕を沼にし向けたのは。」

  晃、「ああ?」と河田を威嚇する。

河田 「河童はシリコダマなんか抜かないぞ。」

卓   「謙よう、河田のヤツなんだかいつもと様子がおかしくないか?」

謙   「ああ、おかしい…なあ、晃!」

晃   「ゴミがいくらおかしくなったって、ゴミはゴミなんだよ。」

  石川、意を決したように歩み寄り、

石川  「おまえら、河田をいじめるのはもうよさないか?」

  クラスメートから少しずつ声がとぶ。※ここの部分は役者の人数に応じてセリフを追加してください。

     「そうだ、もう止そう。」

     「やめようよ。」

     「河田が何をしたって言うんだよ。」

     「もういいじゃないか。」

晃   「よくそんなことが言えるなぁ。貴様ら、昨日までは河田のことをシカト(無視)していたじゃねぇか。俺たちは河田にかまってやっているんだぜ。シカトこいてる貴様らの方がひでぇーぜ!ああ?」

謙   「そうだぜ、俺たちはよぉ、」

卓   「ボランティアなんだよ!」

石川  「ボ、ボランティア?」

謙   「シカトされているヤツはよぉ、かまってもらえるならたとえ殴られたっていいと思うんだぜ。」

石川  「ふ、ふざけるな。」

晃   「何だと、貴様ぁー!」

河田  「やめろー!」

  晃につかみかかる河田。二人とも床に倒れ込む。

  河田にのしかかる晃を見て、クラスの男子はみんなイスを振り上げたりして威嚇する。

剛志  「もう、いい加減にしろよ!」

  三人組ににじり寄るクラスメート。

  勢いに押されて、謙と卓は後ずさりする。

謙   「晃、やばいよ。」

卓   「み、水のみに行こうぜ。」

  晃は河田を放し、教室を出る。

  後を追いかける謙と卓。

  ホッとして、力が抜けるクラスメート。

  石川、倒れている河田に手を差しのべる。

  どこからともなく拍手がわき起こる。

  河田、自分のイスに腰掛け、大きくため息をつく。

河田  「びっくりしたぁ。」

  クラスメートが河田に近づき、

紀子  「怪我はない?河田くん。」

河田  「うん、大丈夫。」

真子  「ごめんね。私たち今まで何もしてあげられなくて…。」

良夫  「でも、河田が勇気を出して晃にかかっていったのを見て、俺たちもこのままじゃいけないって思ったんだ。」

知美  「怖かったけど、みんなで力を合わせたから勝てたのね。」

良美  「みんなで団結したら何でもできるものね。」

時恵  「もう、あの3人組とは絶対口をきかないんだ、私。」

幸恵  「ねえ、みんなで無視しましょう。ね!」

  近くの者同士でうなずいている。

  河田はその様子を見て、不思議そうな表情を浮かべる。

第三幕    なくなったカード

  石川にスポットライトが当たり、舞台の照明は消える。

  石川のナレーションの間に、他の役者は退場する。

石川  「この日以来、僕たちは河田くんを仲間として受け入れて、楽しい毎日を過ごした。河田くんは以前の明るさ、いや、それ以上に明るくなり、みんなを笑わせたりもしてくれた。クラスの誰もが陰湿ないじめがあったということを忘れかけていた、そんなある日のこと…。」

  スポットライトが消えて、舞台の照明が点く。

  河田、体操着姿で教室に入ってくる。

河田  「いやぁ、人間の学校は校庭が広いから体育も楽しいねぇ。ボールをヒョイと投げたら、すうーっと飛んで行くんだもの。沼の中じゃ手から放したとたんにああぁ…って浮いて行っちゃうものなぁ…。(観客に向かって)よく沼にボールが浮いているでしょ?あれ、みんな僕らが浮かしちゃったボールよ。」

  河田、制服に着替え終わる。

  カバンからポリ容器を出して、頭に水をふりかける。(水が入っているつもりで)

河田  「この体に乗り移っている訳だけれど、頭のお皿に水分補給をしなくちゃいけないってのはどんな理屈だかねぇ。お皿が乾いたら元の体に戻っちゃうんだって。」

  ポリ容器のふたを閉め、カバンにしまう。

河田  「うーん、ちょっと早いけど早弁(当)しちゃおう。」

  カバンからキュウリの束を取り出し、ボリボリ食べ始める。

  ちょうどその時、クラスメートが入ってくる。

良夫  「よう、河田。お前、いつも教室に戻るのが早いなぁ。」

  河田、焦ってキュウリをほおばったまま、カバンにしまおうとする。

剛志  「ああ、河田早弁しているー。」

  注目するクラスメート。

剛志  「しかもお前、キュウリじゃんかー!」

知美  「ええ、なんでキュウリ?」

  ほのぼのとした笑いがこみ上げてくる一同。

河田  「食べる?」

  知美にキュウリを渡す。

  知美は困って、良夫に渡す。

  良夫は剛志に渡す。

  剛志は少し考えたあげく、キュウリをかじり始める。

  福田は着替え終わって、ロッカーに歩み寄る。

福田  「近藤くーん。」

  福田は近藤を手招きする。歩み寄る近藤。

福田  「新しいカードが手に入ったんだ。」

近藤  「えっ、もしかしてこのあいだ君が話していた世界で15枚しか製造されていないというプレミアカード?」

福田  「パパの会社の部下がね、ニューヨークに出張したときに買って来てくれたんだ。」

近藤  「へぇ、いいなぁ。早く見せてくれよ。」

  福田、ロッカーの中を探っているが、なかなか見つからない。

福田  「あれ。どこへ行ったんだ?」

近藤  「どうしたの?」

福田  「ないぞ…、盗まれた!」

近藤  「えっ?」

  福田、クラスメート全員に向かって

福田  「誰だ、ぼくのカードを盗んだヤツは!」

  一同、福田を注目する。

良夫  「……よく探したのか?」

福田  「ああ、よく探したよ。カバンの中に制服を入れるときに、汚さないようにってロッカーに入れておいたんだ。」

時恵  「カード一枚が無くなったからって、また買えばいいじゃないの。」

福田  「冗談じゃない、世界で15枚しか発行されなかったカードだぞ!誰が犯人だ?」

石川  「福田くん、そんな言い方はないだろう。」

幸恵  「そうよ、第一、みんな体育の授業で教室には誰もいなかったんだし、戻ってくるときだってみんな一緒に…。」

良夫  「河田…、お前…一人で先に教室に戻っていたよな…?」

河田  「……ん?」

剛志  「お前、いつも一人で先に戻ってくるから不思議だったんだけどさ…。」

  河田に冷たい視線を送る一同。

河田  「みんな…、僕を疑っているのかい?」

  以降、河田は状況がつかめず、発言する人の顔を目で追っていくことしかできない。

良夫  「いや、疑っているわけでは…(剛志に向かって)なあ。」

剛志  「この前にも福田のカードがなくなったときさ、放課後にカード屋でおまえを見かけたヤツがいるんだ。」

河田  「カード屋?」

近藤  「珍しいカードを高いお金で買い取ってくるくれる店だよ。君が知らないわけないだろう。」

福田  「やっぱり君が犯人だったんだ!返せ、ボクのプレミアカード。」

良夫  「この前の件はみんな許してやったのに…まだ懲りないなかったのか…。」

知美  「みんな待って、河田君の言い分も聞いてあげてよ。」

良美  「ね、河田君どうなの?」

   ゆっくり暗転

第四幕    真実をみつめて

  石川がスポットライトを浴びる。
  石川のナレーションの間に役者が退場する。

石川  「こうして僕たちは再び、河田くんを無視するようになった。カードが無くなった…その原因を河田くんに押しけることでクラスが一つにまとまったような気がした。」

  昼休みの誰もいない教室に、河田が入ってくる。

  カバンからポリ容器を取り出し、キャップをはずしながら、

河田  「どうしてこうなっちゃったんだろう。僕はただ、人間の子どもと遊んだりおしゃべりをしたかっただけなのに、どうしてなんだろう。勉強はよく分からないけど、みんなと一緒にいるだけで楽しかったのに…。」

  ポリ容器を頭上に持ち、頭のお皿に振りかけようとして、やめる。

  じっとポリ容器を見つめながら、

河田  「そうだ、僕が河童だから…みんなとは違うからいけないんだ。河童だから…頭のお皿に水を振りかけなければいけないから…みんなとは違うから…。」

  だんだん悲しくなってきて、

河田  「ダメだなぁ…、僕はのろまだし歩き方もみんなとは違うし…。僕がもっとみんなと同じになればいじめられないし、バカにもされないし、河童じゃなければみんなと友達だし…もっと遊べるし…もっともっと遊びたいのに…。ダメだなぁ…、僕はダメだなぁ……。」

  河田、いつの間にか眠ってしまう。

  晃、謙、卓の三人組が教室に入ってくる。

  河田を遠巻きにして見ている。

  何か言葉を交わながら、少しずつ近づく晃。

  クラスメートの声が聞こえて、元に戻る晃。

  クラスメートが入ってくる。

時恵  「まーた河田くんが一番乗りしているわ。」

幸恵  「みんな、物が無くなっていないか調べた方がいいわよー。」

  クラスメートの含み笑いが聞こえる。

  良夫、寝ている河田の様子をのぞき見て、

良夫  「おい、河田のヤツ様子が変だぞ。」

剛史  「またキュウリの食い過ぎで腹でも痛いんじゃないの?」

  クラスメートの笑いが聞こえる。

紀子  「河田くん、保健室行く?」

福田  「放っておけよ、人の物を盗んだ天罰だよ。」

真子   「おなかが痛い人を放ってはおけないでしょう?」

福田  「プレミアのカードだったんだそ。高かったんだからな。」

紀子  「それとこれとは別!さあ、行きましょう。」

  紀子と真子が河田を抱えて立とうとする。

福田  「世界で15枚だったんだぞ!」

  福田が3人を突き飛ばす。弾みで倒れる3人。机の上にあったポリ容器が落ちて水がこぼれる。

  福田はこの状況に戸惑う。

  後ろで見ていた晃が立ち上がる。

晃   「いい加減にしろ!」

  晃に注目する一同。

謙   「女を突き飛ばす野郎は最低だ。」

福田  「な、なに…?」

卓   「俺たち、気に入らない野郎はぶん殴るけどよぉ、女には手を出したことはないぜ。」

知美  「確かにその通りだわ。」

良美  「晃君たち3人は弱い人には手は出さないわ。」

福田  「ううっ…」

晃   「ロッカーの奥をのぞいてみな。二重底になっているはずだ。」

  近藤が福田のロッカーの中をのぞき込む。

近藤  「本当だ。古い棚の上に新しいシートを敷いてある。」

晃   「シートをめくってみな。何かがあるんじゃねぇか?」

近藤  「あっ、カードだ!これかい、福田くんの言っていたカードは?」

  福田が近寄り、

福田  「あった、僕のカードだ。」

  晃に向かって、

石川  「どうして分かったんだ?」

晃   「お前らはもう忘れたのか?以前も同じように福田のカードが無くなったって大騒ぎになっていただろう。その時、ロッカーの隙間に入っていたカードを俺が見つけたんだ。こいつがあまりにもカードカードって騒ぐものだから、返すのもかったるくなってさ、カード屋に売っちまったんだ。」

謙   「その時に偶然、河田に見つかっちまってよ、焦ったねぇあのときは。まるで盗んだみたいだろ?」

知美  「それって、やっぱり盗んだことになるんじゃないの?」

謙   「え…?」

卓   「まあ、ともかく俺たちは河田にも分け前をやってよ、丸く収めようとしたんだけれど、河田のヤツは受け取らねぇんだよ。俺たちの厚意をよ。」

良子  「それって、厚意っていうの?」

卓   「え…?」

晃   「俺たちは気に入らない野郎は殴るけどよぉ、それ以上のことはしたことはない。俺たちにもプライドってもんはあるんだ。で、河田が俺らのことを話す前にヤツが犯人だって言いふらしたんだ。」

良夫  「非道いな…。」

晃   「非道いの貴様らだ。その噂を鵜呑みにして、バイキンだのゴミだのと河田を罵ったあげくに、全員でシカトこいてよ。」

  静まりかえる教室。

晃   「確かにいじめを扇動したのは俺たちだ。でも、それについてきた貴様らだって同じだ。」

剛志  「なんで河田はそのことを黙っていたんだろう。」

石川  「言おうと思っても、僕らが無視していたじゃないか。」

紀子  「私も…。」

真子  「私だって…。」

  倒れたままの河田が目を覚ますが、頭のお皿が乾ききってしまっていることに気づく。

河田  「ううっ…。」

紀子  「大丈夫?河田くん。」

真子  「お腹が痛いの?」

河田  「あ、頭が…。」

良夫  「頭が痛いのか?」

  河田、上体を起こしてポリ容器を探す。

  しかし水がすべてこぼれてしまっている。

河田  「み、水が…沼の水が無い。」

  河田は頭を抱えて苦しむ。

  クラスメートが河田を取り囲む。口々に「大丈夫?」と声をかけている。

河田  「ああああ…。」

  一同、驚きの声を上げる。「か、河童だー!」「河田は河童だったのか。」

  舞台の照明がゆっくり消える。

第五幕    別れのとき(河童沼)

  照明が薄暗く点灯する。

  舞台は河童沼。

河田  「今までだましててごめん…。」

紀子  「だまされたなんて思っていない!」

真子  「私も…」

良夫  「俺だって…」

良子  「誰も怒っていないよ…。」

河田  「ありがとう。」

剛志  「おまえと遊んだ3日間はとても楽しかったよ。」

河田  「僕も…人間の君たちとこうやって話ができて、とても幸せだった…。できればずっと人間のままでいたかった。」

福田  「そのままでいればいいじゃないか。僕たちはかまわないんだぜ。」

河田  「ダメなんだ。この体にずっと乗り移っていたら、僕も河田も病気になってしまうんだ。それに、もうみんなに正体を知られてしまったから…。」

近藤  「大丈夫だよ、誰にもこのことは話さないよ。なぁ」

   一同、うなずく。

河田  「ありがとう。でも、父さんとの約束だから…。みんなのことは忘れないよ。」

知美  「私もあなたのこと、絶対忘れない。」

河田  「ごめん、それは無理だよ。河田の体から抜け出ると同時に、みんなの記憶から僕の存在を消さなければならないんだ。」

良美  「何で?あなたのこと忘れたくないのに!」

石川  「そうだ!そんなことやめてくれよ。」

時恵  「忘れるなんてイヤよ!」

幸恵  「お願い!」

河田  「君たち人間は河童が本当にいるって分かったら、僕たちを捕まえにくるだろ。」

晃   「そんなこと絶対ないぜ!」

卓   「おまえのことを言いふらす野郎はぶん殴ってやるからよ。」

諒   「ぜったい約束するぜ。」

   3人の顔を思わず見つめたあと、一同大きくうなずく。

河田  「ありがとう。でも、もうお別れだ。父さんと母さんが呼んでいるんだ。やっぱり河童の掟は破れないよ。ひとつ聞いていいかな。」

石川  「なんだい?」

河田  「僕たち…友だち…だよね。」

良夫、剛志 「もちろん。」

知美、良美 「友だちよ。」

  一同、大きくうなずく。

河田  「(涙をこらえながら)…ありがとう。河田君の意識が戻ったら、仲良くしてあげてね。毎日ここに来て泣いていたんだ。絶対に仲良くしてあげてね。」

福田  「うん、うん。僕のプレミヤカード、1枚あげる…。」

  間髪入れずに、一同 「それはやめろよ!」

河田  「…さよなら……。」

 

  暗転。

  石川にスポットライトがあたる。

石川  「河田くん本人の意識はしばらくして戻り、晃たち3人組はみんなの前で河田くんに謝った。続いて僕たち全員も謝った。河田くんはこれまでの暗い表情がウソのように、笑顔を見せた。その笑顔にクラス全員が救われた気持ちになった。河田くんに乗り移っていた河童は、その後はその言葉通り二度と表れることは無かった。でも、僕たちの記憶は消されていなかった。最後までドジな河童の河田くんは、それを忘れて沼に戻ってしまったのか、それともわざとそうしてくれたのかは謎である。でも、だれも彼の話はしないようにしている。僕らの記憶が残っていることに気づかれると他の河童が消しに来てしまうような気がして。彼との思い出を、楽しい部分も悲しい部分もすべて覚えていたいから。」

  舞台奥に、先生らしき人が歩いている。

石川    「あ、河野先生、おはようございます。」

河野先生 「はい、おはよう。」

  河野先生は舞台から消える直前にポケットからキュウリを取り出し、一かじり。

  閉幕


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